いつか父親を殺してやる!と思うほど父親が嫌いだった過去

老人の顔

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皆さんは家族との仲は良いですか?

僕はずっと父親が大嫌いでした。

タイトルにもある通り、父親のことを「いつか殺してやる!」と思うほど嫌いでした。

  • 父親の目つき
  • 兄弟関係
  • 普段の態度

父親の全てが嫌いで、

それはもう、

自分にこいつと同じ血が流れているなんて耐えられない!俺はこんな汚らわしいDNAを残すべきじゃない!」

って感じで、こんな奴と同じ血が自分にも流れていると思うと自分の存在がとても汚らわしく思えて怒りで震えるほどに嫌いでした。

今思うと笑っちゃうんですけど、ほんとにそのくらい嫌いだったんです。

でも今はお互い口数こそ少ないですが、完全に心の和解が出来たと思っています。

その理由は、「魂としての父親」を感じたからなんですね。

どういうことかというと、僕は以前魂の世界に行ったことがあり、その世界は色んなことが理屈抜きに分かる世界なんです。

そして父親のこれまでの苦しさも、魂の優しさや素晴らしさにも気づいてしまったからなんです。

「父親のことがどうしても許せない」

って人もいると思います。

そしてそんな自分までも嫌いになってしまっていないですか?

辛いですよね…

その気持ち、凄くよく分かります。

この記事に書いてある僕の経験や学んできたことから、なにか少しでも父親との関係性を改善するヒントを手にして貰えればなと思います。

この記事がオススメな人
  • 両親との関係が上手くいっていない人
  • 誰か許せない人がいる人
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目次

実の弟が借金を残して蒸発

借金とりから怯えてる人

僕が小学生低学年の頃、父親の弟である僕のおじさん夫婦が離婚して、

僕のいとこであるおじさんの子供をおじさんが引き取ったんですね。

しばらくはおじさんと1つ年下の僕のいとこと2人で暮らしていましたが、

だんだんとおじさんがギャンブルやら遊びやらで家に帰って来なくなりました。

そしてばあちゃんが一緒に住んでいとこの面倒をみることになり、まだ子供だったいとことの生活が始まります。

ですがだんだんおじさんは家に寄り付かなくなり、
全然家に帰ってこなくなった頃におじさんの残した借金が発覚したのです。

僕はまだ子供だったので詳しくは分からないですが、父親が保証人になっていたのか、もしくは兄弟だからということで、残された借金の肩代わりをすることになってしまったのです。

そうです。

おじさんは自分の息子と借金を残して蒸発してしまったのです。

だんだん悪化する家庭環境

喧嘩してる人

いとこを家で引き取ることになり、ばあちゃんも帰ってきて皆んなで一緒に暮らすことになりました。

地方の田舎なので噂はすぐに広がります。

まだ子供だったので同級生から、
「なんで〇〇くん急に弟できたのー?」

とか言われたりして答えに困り、僕も凄く辛い思いをしました。

そして、「なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ…」

蒸発したおじさんを憎むようになりました。

勿論1番辛いのはいとこです

まだ母親が必要な小さい時に両親が離婚し、ただでさえ辛かったはずなのに父親にも捨てられる。

想像もつかない苦境ですが、彼も子供ながらに気を使っていたんでしょう。

『いとこの家でお世話になってる』という気持ちもあったのかも知れません。

彼は家ではいつも明るく振る舞っていました。

ですが家の方はというと、

借金ができてしまい経済的にも苦しくなる家計
両親のイライラや愚痴も増えて、家庭の雰囲気はどんどん悪くなっていきました。

実の弟に殺害予告!?父親がトラウマになる

ある日のこと、僕は父親の携帯で遊んでいました。

何気なく携帯をピコピコしながら遊んでいるとメールを開いてしまって、そしてあるメールが目に入ってきて僕は衝撃を受けました。

「お前このままで済むと思うなよ!絶対殺してやるからな!」

「どこまで逃げても絶対探し出して殺してやるからな!」

父親が実の弟に送っていたメールでした。

相当頭にきてたんでしょう。

借金と子供を残して蒸発し、その尻拭いをさせられて自分の家族の雰囲気まで悪くなっているんですから。

その気持ちも分かります。

でもまだ子供だった僕は、実の弟にそんなメールを送っている父親を酷く嫌悪しました。

実の弟にそんなことが言えるのが自分の父親なんだ」

そう考えるようになり、その頃から父親に対する嫌悪感と不信感で距離を取るようになります。

全てを父親と重ねてしまい自己嫌悪する

自己嫌悪してるひと

僕は2つ上に兄がいるんですが、子供のころからケンカばかりしていて仲が悪かったです。

更にあの事件以来、「俺たち兄弟もいつか殺しあったりするんじゃないか?」

そんなことを考えるようになり、元々仲の悪い兄弟でしたが、兄のこともどんどん生理的に受け付けないレベルで嫌いになっていきました。

僕はずっと色んな人から「父親似だね」って言われてきて、

子供の頃はそう言われるのが嬉しかったはずなのに、
この頃はそう言われる度に、「ふざけるな!あんな奴となんか似てない!」

と強く反発していました。

もう生理的に父親を受け付けなくなっていたのです。

絶対にこんな風に俺はならない!」

父親を見る度にそう思っていました。

そして中学生になった頃には全く口も聞かず、目も合わせない。
そんな関係性になっていました。

俺にはあんな冷たい奴の血が流れている…」

そう思ったら、

「自分はDNAを残すべき存在じゃない。結婚なんてするべきじゃないし、子供にも自分と同じ思いさせてしまうかもしれない」

そう考えるほどだったんです。

自分を全て否定する

「自分にはあいつと同じ血が流れている…」

そのことから父方の親族、兄弟、自分の存在、全てを否定するようになりました

「自分は幸せになんてなれない」

「呪われた血族なんだ」

自分の味方なんてこの世にはいないと思い込み、自己否定する日々。

この血は絶やさなくてはならない

そして日々いけないことを考えるように…。

ですがそんな度胸もなく、『毎日心が蝕まれながらもなんとか生きていた』

そんな感じでした。

歳とともに父親への関心が薄まる

社会に出ると大嫌いだった家をでて一人暮らしを始め、

数年が経つと父親を大嫌いなことには変わりなかったですが、

だんだんと関心が無くなっていきました。

「自分とあいつはなんの関係もない」

これはある意味大嫌いだと騒いでいた頃よりも寂しいことかもしれません。

もう関心がないんですから。

「別にいつでも勝手に死ね」

そのくらいの感じでした。

実家に帰ったりしても話すこともない、目を合わせることもない。

そんな感じで過ごしていて、しばらくして僕は海外に旅にでることになります。

特に旅に出るとかもわざわざ話してなかったと思います。

そんな記憶もないほどに関心がなかったです。

魂の世界で知った父親の真実

6年間の放浪の旅の末、南米のアマゾンでアヤワスカの儀式を受け魂の世界にいきました。

アヤワスカという呼び方は主にペルーとエクアドルで使われている。アヤワスカは、ペルー、ボリビアなどの先住民族の言語であるケチュア語で、「魂のつる」、「死者のロープ」という意味をもつ。「アヤ」は、魂、精霊、先祖、死者などを指し、「ワスカ」は、つる植物全般やロープを意味する。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

そして魂としての自分を知り、
父親の魂の高貴さ、優しさ、暖かさを知り、
ずっと自分を見守ってくれていたんだと知りました。

僕は声をあげてわんわん泣き、父親に対してどんどん感謝が溢れてきたのです。

  • 子供の頃から母子家庭で父親の愛情を全然知らなかったこと
  • 家庭を支えるために子供の頃からずっと苦労していたこと
  • 弟のことや母親のことでずっと苦労していたこと
  • 立派な父親像がわからなくて、息子との接し方が分からなかったこと
  • 本当は優しいのに自己表現が苦手なこと
  • 不器用なりにずっと僕を愛してくれていたこと

それまで父親のことなんてほとんど思い出しもしなかったのに、
どんどん魂としての記憶が溢れてきて、父親の魂を感じて、父親の魂の歴史が分かるんです。

魂の世界では理屈抜きにいろんなことが分かるんです。

僕はその後母親経由で父親に伝言を頼みました。

「アマゾンに来てアヤワスカのセレモニーを受けて欲しい」

分かるんです。

僕と同じように父親もずっと苦しんできたってことが。

そしてきっとセレモニーを受けて魂の世界を理解したら全ての苦しみから解放されるってことが。

でも父親は来ませんでした。

まぁ普通に考えてずっと親子らしい会話なんて一切なく、
ずっと連絡もなかった息子からいきなり「アマゾンに来てシャーマンの儀式受けろ!」なんて言われても来ないですよね笑

でも、僕から連絡がきて嬉しそうだったと母親から聞けて、なんか胸が暖かくなったのです。

note(ノート)
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久しぶりの親子での時間

一家団欒の写真

それからしばらくして僕は帰国し、久しぶりに家族とも再会しました。

久しぶりに会った両親は自分の記憶よりも大分老けて、そして父親はちょっと弱っていました。

お互い元々口数は少ないので沢山話すって感じではないですが、僕たちは久しぶりに言葉を交わし、同じ空間を共有します。

2人の間にずっとあったわだかまりがスッとなくなったのを感じ、僕たちは「精神的な和解が出来たんだと強く感じました。

今はもう感謝の気持ちと、元気に長生きして欲しいという気持ちでいっぱいです

こう心から思えるようになって、自分の波動が伝染してるのか今の父親は凄く穏やかで、魂で繋がっていると感じます。

Yくん

改めて人は鏡なんだなぁと実感しています

以前は人殺しみたいな目つきで僕のことを見てきて、僕もまたそんな目つきで父親のことを睨んでいたと思いますがこの変わりよう。

父親との和解で自己肯定感も上がった

父親と心理的な和解をしたことで自分のことも好きになり、自己肯定感も上がりました。

Yくん

今では自分の中に流れている血も、DNAも大好きです!

心理学などを学んでいると、よく目にするのが「両親との心理的和解」

ですが、もしかするとそれは人生の中で最も難しいことの1つかも知れません。

僕のように魂としてのお互いを認識することが出来れば1番確実ですが、

皆がそうはいかないってのも分かります。

僕はこれからの人生でなにか

『人生に生きづらさを感じている人』や、

『自分の人生を変えたい!』

と考えてる人たちのお手伝いが出来たらと考えています。

なのでもしそんな人がいるなら、メールでもお問い合わせからでもなんでもいいので連絡を貰えればと思います

僕の経験や学んできたことからの独自の魂からの視点で
なにか少しでもアドバイス出来るかもしれません。

鋼の自己肯定感の作り方についての記事はこちら

誰か許せない人がいる人に伝えたいこと

誰にでもどうしても許せない人っていると思います。

そしてそれが自分と近い関係であればあるほど辛いものです。

両親や子供、兄弟や夫婦関係など。

でもどうしても今はまだ許せないなら、そんな『許せない自分』も認めてあげてください。

『許せない自分を許せない』でいると、自分の存在まで否定してしまうんですね。

自分のタイミングで良いんです。
焦らなくても良いんです。

辛かったら僕に連絡ください。
相談してください。

話すだけでも少しは楽になると思います。

僕も今回は父親にフォーカスして書きましたが、母親も、兄弟も、社会もずっと嫌いだった筋金入りの社会不適合者だったので、あなたの気持ちも理解できると思います。

この記事が少しでも誰かの勇気になったら嬉しいです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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